武富士事件│最高裁判所平成23年2月18日判決 第2小法廷(須藤正彦裁判長)

主文

原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤田耕三ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について

本件は、上告人が、その両親から外国法人に係る出資持分の贈与を受けたことにつき、所轄税務署長から相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下「法」という。)1条の2第1号及び2条の2第1項に基づき贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下、これらを併せて「本件各処分」という。)を受けたため、上告人は上記贈与を受けた時において国内に住所を有しておらず上記贈与に係る贈与税の納税義務を負わない旨主張して、本件各処分の取消しを求めている事案である。

原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1)

上告人は、上記贈与の贈与者であるA及びBの長男であるところ、Aが代表取締役を務めていた消費者金融業を営む会社である株式会社C(以下「本件会社」という。)に平成7年1月に入社し、同8年6月に取締役営業統轄本部長に就任した。

Aは上告人を本件会社における自己の後継者として認め、上告人もこれを了解し、社内でもいずれは上告人がAの後継者になるものと目されていた。

(2)

平成12年法律第13号により租税特別措置法(平成15年法律第8号による改正前のもの)69条2項の規定が設けられる前においては、贈与税の課税は贈与時に受贈者の住所又は受贈財産の所在のいずれかが国内にあることが要件とされていたため(法1条の2、2条の2)、贈与者が所有する財産を国外へ移転し、更に受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって、我が国の贈与税の負担を回避するという方法が、平成9年当時において既に一般に紹介されており、Aは、同年2月ころ、このような贈与税回避の方法について、弁護士から概括的な説明を受けた。

(3)

本件会社の取締役会は、平成9年5月、Aの提案に基づき、海外での事業展開を図るため香港に子会社を設立することを決議した。上告人は、同年6月29日に香港に出国していたところ、上記取締役会は、同年7月、Aの提案に基づき、情報収集、調査等のための香港駐在役員として上告人を選任した。

また、本件会社は、同年9月及び平成10年12月、子会社の設立に代えて、それぞれ香港の現地法人(以下「本件各現地法人」という。)を買収し、その都度、上告人が本件各現地法人の取締役に就任した。

(4)

上告人は、平成9年6月29日に香港に出国してから同12年12月17日に業務を放棄して失踪するまでの期間(以下「本件期間」という。)中、合計168日、香港において、本件会社又は本件各現地法人の業務として、香港又はその周辺地域に在住する関係者との面談等の業務に従事した。他方で、上告人は、本件期間中、月に一度は帰国しており、国内において、月1回の割合で開催される本件会社の取締役会の多くに出席したほか、少なくとも19回の営業幹部会及び3回の全国支店長会議にも出席し、さらに、新入社員研修会、格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向けの説明会等にも出席した。

また、上告人は、本件期間中の平成10年6月に本件会社の常務取締役に、同12年6月に専務取締役にそれぞれ昇進した。

本件期間中に占める上告人の香港滞在日数の割合は約65.8%、国内滞在日数の割合は約26.2%である。

(5)

上告人は独身であり、本件期間中、香港においては、家財が備え付けられ、部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメント(以下「本件香港居宅」という。)に単身で滞在した。

そのため、上告人が出国の際に香港へ携行したのは衣類程度であった。

本件香港居宅の賃貸借契約は、当初が平成9年7月1日から期間2年間であり、同11年7月、期間2年間の約定で更改された。他方で、上告人は、帰国時には、香港への出国前と同様、Aが賃借していた東京都杉並区所在の居宅(以下「本件杉並居宅」という。)で両親及び弟とともに起居していた。

(6)

上告人の香港における資産としては、本件期間中に受け取った報酬等を貯蓄した5000万円程度の預金があった。

他方で、上告人は、国内において、平成10年12月末日の時点で、評価額にして1000億円を超える本件会社の株式、23億円を超える預金、182億円を超える借入金等を有していた。

(7)

上告人は、香港に出国するに当たり、住民登録につき香港への転出の届出をした上、香港において、在香港日本総領事あて在留証明願、香港移民局あて申請書類一式、納税申告書等を提出し、これらの書類に本件香港居宅の所在地を上告人の住所地として記載するなどした。

他方で、上告人は、香港への出国の時点で借入れのあった複数の銀行及びノンバンクのうち、銀行3行については住所が香港に異動した旨の届出をしたが、銀行7行及びノンバンク1社についてはその旨の届出をしなかった。

なお、本件会社の関係では、本件期間中、常務取締役就任承諾書及び役員宣誓書には、上告人は自己の住所として本件杉並居宅の所在地を記載し、有価証券報告書の大株主欄には、本件香港居宅の所在地が上告人の住所として記載された。

(8)

A及びBは、オランダ王国における非公開有限責任会社であるD社(総出資口数800口)の出資をそれぞれ560口及び240口所有していたところ、平成10年3月23日付けで、同社に対し本件会社の株式合計1569万8800株を譲渡した上、同11年12月27日付けで、上告人に対し、Aの上記出資560口及びBの上記出資のうち160口の合計720口の贈与(以下「本件贈与」という。)をした。

(9)

A及び上告人は、本件贈与に先立つ平成11年10月ころ、公認会計士から本件贈与の実行に関する具体的な提案を受けていた。

また、上告人は、本件贈与後、3か月に1回程度、国別滞在日数を集計した一覧表を本件会社の従業員に作成してもらったり、平成12年11月ころ国内に長く滞在していたところ、上記公認会計士から早く香港に戻るよう指導されたりしていた。

(10)

本件杉並居宅の所在地を所轄する杉並税務署長は、本件贈与について、平成17年3月2日付けで、上告人に対し、贈与税の課税価格を1653億0603万1200円、納付すべき贈与税額を1157億0290万1700円とする平成11年分贈与税の決定処分及び納付すべき加算税の額を173億5543万5000円とする無申告加算税の賦課決定処分(本件各処分)をした。

原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。

上告人は、贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し、本件期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していたと認められるから、上告人の香港での滞在日数を重視し、これを国内での滞在日数と形式的に比較してその多寡を主要な考慮要素として本件香港居宅と本件杉並居宅のいずれが住所であるかを判断するのは相当ではない。

上告人は、本件期間を通じて4日に1日以上の割合で国内に滞在し、国内滞在中は香港への出国前と変わらず本件杉並居宅で起居していたこと、香港への出国前から、本件会社の役員という重要な地位にあり、本件期間中もその役員としての業務に従事して昇進もしていたこと、Aの跡を継いで本件会社の経営者になることが予定されていた重要人物であり、本件会社の所在する我が国が職業活動上最も重要な拠点であったこと、香港に家財等を移動したことはなく、香港に携行したのは衣類程度にすぎず、本件香港居宅は、ホテルと同様のサービスが受けられるアパートメントであって、長期の滞在を前提とする施設であるとはいえないものであったこと、香港において有していた資産は総資産評価額の0.1%にも満たないものであったこと、香港への出国時に借入れのあった銀行やノンバンクの多くに住所が香港に異動した旨の届出をしていないなど香港を生活の本拠としようとする意思は強いものであったとはいえないことなどからすれば、上告人が本件期間の約3分の2の日数、香港に滞在し、現地において関係者との面談等の業務に従事していたことを考慮しても、本件贈与を受けた時において上告人の生活の本拠である住所は国内にあったものと認めるのが相当であり、上告人は法1条の2第1号及び2条の2第1項に基づく贈与税の納税義務を負うものである。

しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)

法1条の2によれば、贈与により取得した財産が国外にあるものである場合には、受贈者が当該贈与を受けた時において国内に住所を有することが、当該贈与についての贈与税の課税要件とされている(同条1号)ところ、ここにいう住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和29年(オ)第412号同年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁、最高裁昭和32年(オ)第552号同年9月13日第二小法廷判決・裁判集民事27号801頁、最高裁昭和35年(オ)第84号同年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)。

(2)

これを本件についてみるに、前記事実関係等によれば、上告人は、本件贈与を受けた当時、本件会社の香港駐在役員及び本件各現地法人の役員として香港に赴任しつつ国内にも相応の日数滞在していたところ、本件贈与を受けたのは上記赴任の開始から約2年半後のことであり、香港に出国するに当たり住民登録につき香港への転出の届出をするなどした上、通算約3年半にわたる赴任期間である本件期間中、その約3分の2の日数を2年単位(合計4年)で賃借した本件香港居宅に滞在して過ごし、その間に現地において本件会社又は本件各現地法人の業務として関係者との面談等の業務に従事しており、これが贈与税回避の目的で仮装された実体のないものとはうかがわれないのに対して、国内においては、本件期間中の約4分の1の日数を本件杉並居宅に滞在して過ごし、その間に本件会社の業務に従事していたにとどまるというのであるから、本件贈与を受けた時において、本件香港居宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであり、本件杉並居宅が生活の本拠たる実体を有していたということはできない。

原審は、上告人が贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し、本件期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していたことをもって、住所の判断に当たって香港と国内における各滞在日数の多寡を主要な要素として考慮することを否定する理由として説示するが、前記のとおり、一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではないから、上記の目的の下に各滞在日数を調整していたことをもって、現に香港での滞在日数が本件期間中の約3分の2(国内での滞在日数の約2.5倍)に及んでいる上告人について前記事実関係等の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する理由とすることはできない。

このことは、法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。

そして、この点については、現に平成12年法律第13号によって所要の立法的措置が講じられているところである。

原審が指摘するその余の事情に関しても、本件期間中、国内では家族の居住する本件杉並居宅で起居していたことは、帰国時の滞在先として自然な選択であるし、上告人の本件会社内における地位ないし立場の重要性は、約2.5倍存する香港と国内との滞在日数の格差を覆して生活の本拠たる実体が国内にあることを認めるに足りる根拠となるとはいえず、香港に家財等を移動していない点は、費用や手続の煩雑さに照らせば別段不合理なことではなく、香港では部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメントに滞在していた点も、昨今の単身で海外赴任する際の通例や上告人の地位、報酬、財産等に照らせば当然の自然な選択であって、およそ長期の滞在を予定していなかったなどとはいえないものである。

また、香港に銀行預金等の資産を移動していないとしても、そのことは、海外赴任者に通常みられる行動と何らそごするものではなく、各種の届出等からうかがわれる上告人の居住意思についても、上記のとおり上告人は赴任時の出国の際に住民登録につき香港への転出の届出をするなどしており、一部の手続について住所変更の届出等が必須ではないとの認識の下に手間を惜しんでその届出等をしていないとしても別段不自然ではない。

そうすると、これらの事情は、本件において上告人について前記事実関係等の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する要素とはならないというべきである。

以上によれば、上告人は、本件贈与を受けた時において、法1条の2第1号所定の贈与税の課税要件である国内(同法の施行地)における住所を有していたということはできないというべきである。

したがって、上告人は、本件贈与につき、法1条の2第1号及び2条の2第1項に基づく贈与税の納税義務を負うものではなく、本件各処分は違法である。

以上と異なる原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、上告人の請求は理由があり、これを認容した第1審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官須藤正彦の補足意見がある。

裁判官須藤正彦の補足意見は、次のとおりである。

私は法廷意見に賛成するものであるが、原審が指摘している贈与税回避の観点を踏まえつつ、上告人の住所の所在について、以下のとおり補足しておきたい。

(1)

原審の確定した事実によれば、Aは、大手の消費者金融業を営む会社で内国法人たる本件会社の創業者で、かつ代表取締役であった。

オランダ王国における非公開有限責任会社であるD社(以下「オランダ法人」という。)の総出資口数は800口であり、それは相続税法の施行地外にある財産(以下「国外財産」という。)であるところ(相続税法10条1項8号参照)、A及びその妻B(以下、AとBとを併せて「Aら」という。)は、そのすべてを所有していた。Aらは、相続税法の施行地にある財産(以下「国内財産」という。)たる本件会社発行の株式(以下「本件会社株式」という。)を所有していたが、その1569万8800株をオランダ法人に譲渡し、同譲渡に係る株式はその総資産中約84.2%を占めていた。

本件贈与は、法形式上は、Aらが、外国法人たるオランダ法人の総出資口数中その9割に当たる720口を上告人に無償で譲渡する贈与契約であるが、以上の事実からすれば、その実質は、要するに、オランダ法人を介在させて、国内財産たる本件会社株式の支配を、Aらが、その子である上告人に無償で移転したという至って単純な図式のものである。

(2)

一般に、親が子に財産の支配を無償で移転するための方法として世で行われている法形式としては、親が生前に行うものであれば、贈与契約であり、親の死亡によるのであれば相続である。

その場合、贈与税又は相続税が課され得る。

本件は、Aらの生前における本件会社株式の支配の移転であるところ、もともと日本国籍を有するAらと上告人は、国内に長らく居住し、かつ、支配の移転の対象たる本件会社株式も純然たる内国法人の株式であるから、その支配の移転も、人為的な方策を講じないままでの本件会社株式自体の贈与契約の締結によって行われる(そして贈与税が課される)ことが直截的で自然の成り行きであるといえよう。

(3)

しかるところ、贈与契約については、本件贈与時の法(平成15年法律第8号による改正前の相続税法)によれば、財産取得時に受贈者の住所が国内にあるときは無制限納税義務者として、また、住所が国内にないときは取得財産が国内財産である場合に制限納税義務者として、贈与税の納税義務を負うとされていた(法1条の2第1号、2号)。

そうすると、財産の贈与において、法では、受贈者の住所と贈与の対象たる財産がともに国外にあるときは、無制限納税義務者、制限納税義務者のいずれにも該当せず、贈与税が課税されないということになる。

したがって、本件においても、対象たる本件会社株式を国外財産に転化することと受贈者たる上告人の住所を国外とさせることとの組合せを経た上で贈与契約がなされれば、贈与税の課税要件は満たされず、自然の成り行きでの贈与契約であれば課されるはずの贈与税の負担が回避され、ひいては、相続税の負担も回避され、結局、親子間の無償かつ無税での財産の支配の移転が実現することになるわけである。

(4)

そして、現に、本件では、上告人が香港に出国し、その香港での滞在期間中に、本件会社株式をAらが支配するオランダ法人へ移転するという方法によって、これを国外財産に転化させたといえるものであるから、これは贈与税(ひいては相続税)の負担を回避するためになされたことが認められるのである。

原判決は、上告人は、「贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し」たと認定するが、それは以上の趣旨において理解されるのである(ここで、オランダ法人は、本件会社株式の保有以外に事業活動を行うことが全くうかがわれないという意味でいわば「器」として用いられていると認められるのであるが、このように、オランダ法人を「器」として介在させる法形式と上告人の国外住所とを組み合わせることは、通常、相続税法や課税実務が想定しているものとはいい難い組合せであったといえるところ、それは、贈与税の負担を回避するための密接で不可欠な関係にある要素の組合せであるので、以下では、便宜上、この本件での組合せの仕組みを「本件贈与税回避スキーム」という。)。

本件では、この本件贈与税回避スキームの下での上告人の住所の所在が問題となっているわけであるが、この点については次のように考えられる。

(1)

上告人は、出国時から平成11年12月27日付けの本件贈与時までの約2年半及びそれに引き続き業務を放棄するまでの約1年間を香港に滞在して過ごした。

本件会社では、香港を拠点とする海外事業が目指されたところ、もともとの本業である消費者金融業の方は早々に断念され、いわゆるベンチャーキャピタル業務を中心とする投資業務の展開が企図され、上告人は、それに関する情報収集、調査などのため面談業務等に従事したとされている。

だが、このベンチャーキャピタル業務等の投資業務そのものは、現地の投資関係業者との間での投資事業組合を組成してのものであったにしても、投資者側には、経済、金融、会計、法律等の分野での高度の知識、技術や経験を有する相当数の専門家が必要とされるといわれているのであって、国外での案件であるからにはなおさらそのようにいえると思われる。

ところが、上告人には、香港への出国前に本業の消費者金融業務とは別にこの方面で実務経験を重ねていた形跡もないし、この方面に精通する専門家が香港への出国に際して随行し、あるいは、その後に参加したような事実はおよそうかがわれない。雇った者も初めはなく、その後も1名前後を採用したにすぎず、その状態は終始変わらないままであったから、そのことからすると、結局、本件会社にとって香港でのベンチャーキャピタル業務などの投資業務は必ずしも重点を置かれていなかったとみられ、しかも、20件ほどの投資検討案件中投資の実行がされた6件ほどの案件は全てAの個別的了承の下に行われたものであることからすると、上告人が取締役に就任した本件各現地法人も、その執務場所とされた簡素ともいえる事務所も、単なる連絡事務所以上の機能を果たすものではなかったとさえみられる。

その一方において、上告人は、約3年半の香港滞在期間中、国内でも、毎月1回の取締役会の多くに加え、少なくとも合計19回の営業幹部会、3回の全国支店長会議のほか、新入社員研修会、その他格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向け説明会に、それぞれ出席した。上告人は、香港へ出国するより1年前には本件会社の取締役営業統轄本部長に就任し、香港滞在期間中に、「常務取締役」、「専務取締役」と昇進した。元来、株式会社の取締役という地位は、その任務の遂行に当たって、会社に対し、善管注意義務、忠実義務を負うなど重大な職責であるが、本件会社は、東京証券取引所の第1部に上場する公開会社でもあるから、取締役の地位の実質的重みは、多くの利害関係者(ステークホールダー)と関わるなど小規模閉鎖会社のそれとは比較にならぬほどの大きなものである。

特に、上告人は、Aらの子として、内外ともに本件会社の後継経営者に擬せられていたから、その取締役として取締役会に出席し、重要な意思決定に参画するなどのことは、とりわけ重大な意味があったといえる。したがって、上告人の意識や責任感の中で国内での滞在の占める比重は極めて大きく、少なくとも仕事の面からすれば、いわば軸足のうちの相当部分はなお国内にあったことがうかがわれるのである。確かに、上告人の香港滞在につき、期間2年のサービスアパートメント(本件香港居宅)の賃貸借契約が締結され、それが更改されているが、そのような長い期間の居室賃貸借契約も、例えば、国外の長期プロジェクト業務のため、海外事業担当取締役の1回当たりのやや長期にわたる多数回反覆の出張時の確かな寝泊まりの場所の確保のために、ホテル代わりにそれがなされるようなこともあり得、上告人も、本件会社の国外業務プロジェクトのため頻繁に日本に帰国しつつ長期出張をしたという構図のようにも見られ得ないわけではない。

実際、上告人は帰国の際は、東京都杉並区所在の本件杉並居宅に起居し、特別な用事がない限り朝夕の食事は同所でとっていた。

そして本件杉並居宅中約42平方メートルが、上告人専用の居室となっていたのである。

そうすると、上告人の香港滞在期間中、その生活の本拠は、客観的にみて、香港にあったということ自体はそのとおりであるが、ただ、上記の点に着目してみると、香港のみがそうであったのか、東京にもなお生活の本拠があったのではないかとの疑問も生じてくるのである。

(2)

ところで、相続税法において、自然人の「住所」については、その概念について一般的な定義付けがなされているわけでもないし、所得税法3条、所得税法施行令14条、15条などのような何らかの特則も置かれていない。

国税通則法にも規定がない。

そうすると、相続税法上の「住所」は、同法固有の「住所」概念として構成されるべきではなく、民法の借用概念としての意味とならざるを得ない。

結局、民法(平成16年法律第147号による改正前のもの)21条(現行22条)によるべきことになり、したがって、住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、客観的に生活の本拠たる実体を具備している一定の場所ということになる。

租税回避の目的があるからといって、客観的な生活の実体は消滅するものではないから、それによって住所が別異に決定付けられるものではない。

本件では、住所を客観的な生活の本拠とは別異に解釈すべき特段の事由は認められないところ、本件贈与当時、上告人の生活の本拠が香港にあったことは否定し得ないから、当然、上告人の住所が香港であったということも正しいわけである。

もっとも、更にいえば、民法上の住所概念を前提にしても、疑問が残らないわけではない。通信手段、交通手段が著しく発達した今日においては、国内と国外とのそれぞれに客観的な生活の本拠が認められる場合もあり得ると思われる。

本件の場合も、上告人の上記に述べた国内での生活ぶりからすれば、上告人の客観的な生活の本拠は、香港のほかに、いまだ国内にもあったように見えなくもないからである。

とはいうものの、これまでの判例上、民法上の住所は単一であるとされている。

しかも、住所が複数あり得るとの考え方は一般的に熟しているとまではいえないから、住所を東京と香港とに一つずつ有するとの解釈は採り得ない。

結局、香港か東京かのいずれか一つに住所を決定せざるを得ないのである。

そうすると、本件では、上記の生活ぶりであるとはいえ、香港での滞在日数が国内でのそれの約2.5倍に及んでいること、現地において本件会社又は本件各現地法人の業務として、香港又はその周辺地域の関係者と面談等の業務にそれなりに従事したことなど、法廷意見の挙示する諸要素が最重視されるべきであって、その点からすると、上告人の香港での生活は、本件贈与税回避スキームが成るまでの寓居であるといえるにしても、仮装のものとまではいえないし、東京よりも香港の方が客観的な生活の本拠たる実体をより一層備えていたといわざるを得ないのである。

してみると、上告人の住所は香港であった(つまり、国内にはなかった)とすることはやむを得ないというべきである。

既に述べたように、本件贈与の実質は、日本国籍かつ国内住所を有するAらが、内国法人たる本件会社の株式の支配を、日本国籍を有し、かつ国内に住所を有していたが暫定的に国外に滞在した上告人に、無償で移転したという図式のものである。

一般的な法形式で直截に本件会社株式を贈与すれば課税されるのに、本件贈与税回避スキームを用い、オランダ法人を器とし、同スキームが成るまでに暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは、親子間での財産支配の無償の移転という意味において両者で経済的実質に有意な差異がないと思われることに照らすと、著しい不公平感を免れない。

国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍の上告人は、無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し、しかもその経済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものともいえるから、最適な担税力が備わっているということもでき、我が国における富の再分配などの要請の観点からしても、なおさらその感を深くする。

一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。

しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。

けだし、憲法30条は、国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し、同法84条は、課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。

納税は国民に義務を課するものであるところからして、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。

そして、厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば、立法によって解決を図るのが筋であって(現に、その後、平成12年の租税特別措置法の改正によって立法で決着が付けられた。)、裁判所としては、立法の領域にまで踏み込むことはできない。後年の新たな立法を遡及して適用して不利な義務を課すことも許されない。

結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少な
からざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。

   裁判長裁判官 須藤正彦
      裁判官 古田佑紀
      裁判官 竹内行夫
      裁判官 千葉勝美

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