生活の本拠とは
生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指しています(最高裁判決引用)。
生活の本拠は、各個人の生活の事情によって異なり、何を根拠として生活の本拠と見做すかについては、学説上の解釈でも画一的かつ明確な解釈は存在しておらず、多角的な事情や背景を考慮して判断すべき内容になります。
過去の判例に関しても、いくつかこの生活の本拠が争点となったものがあり、ある程度の客観的な根拠があれば、裁判になるような場合を除き、本人の主張「~のため、ここが生活の本拠と考えています。」を何人も否定することはできないものと思われます。
住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。
最高裁判所第二小法廷 平成23年2月18日 集民 第236号71頁
生活の本拠に関連する法令
(住所) 第二十二条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。
民法22条
(居所) 第二十三条 住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。
民法23条
2 日本に住所を有しない者は、その者が日本人又は外国人のいずれであるかを問わず、日本における居所をその者の住所とみなす。ただし、準拠法を定める法律に従いその者の住所地法によるべき場合は、この限りでない。
国税庁の生活の本拠に関する記載
国税庁のサイトでは、「生活の本拠」かどうかは「客観的事実によって判定する」、「住所」は、その人の生活の中心がどこかで判定されると記載をされています。
但し、武富士の判決では最高裁で国税庁の判断が翻っており、この考えが完全に正しいというわけではありません。
単身赴任で、住民票(生活の本拠)を移さないことはできるか
一般的には、単身赴任の場合でも、単身赴任先に住民票を移動させたほうがよいという意見が多いように思われます。
しかしながら、生活の本拠や住所に関する判例等を加味しますと、仕事、日常生活、財産、家族、コミュニティなどの多角的な視点から考慮した「週末や季節ごとに実家に帰省する、家財道具が実家にある、生活の基盤が実家にある」などの客観的な事実がある場合は、単身赴任でも住民票を移動しないこと(実家のままにしておく等)の正当性を主張することは十分可能と考えられます。
生活の本拠に関する判例解説
以下のように、判例では「住所=生活の本拠は、多角的な観点を考慮して判断する」こととされています。
最高裁判所昭和29年10月20日大法廷判決
およそ法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり。
最高裁判所昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁参照
最高裁判所昭和35年3月22日第三小法定判決
生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである。公職選挙法及び地方自治法が住所を選挙権の要件としているのは、一定期間、一の地方公共団体の区域内に住所を持つ者に対し当該地方公共団体の政治に参与する権利を与えるためであつて、その趣旨から考えても、選挙権の要件としての住所は、その人の生活にもつとも関係の深い一般的生活、全生活の中心をもつてその者の住所と解すべき。
最高裁判所昭和35年3月22日第三小法定判決・民集14巻4号551頁参照
最高裁判所昭和27年4月15日第三小法定判決
一定の場所が生活の本拠に当たるか否かは、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である。なお、特定の場所を特定人の住所と判断するについては、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、単に滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものでもない。
最高裁判所昭和27年4月15日第三小法定判決・民集6巻4号414頁参照
大阪において十数人の雇人を使用して金融業等を営む株式会社を経営し、大阪府豊中市所在の同人次男宅から右営業所に通勤し、妻も次男宅に同居しており、兵庫県津名郡a町には月二、三回数日間帰るにすぎない者は、同町において主要な人々を招いて帰郷挨拶の宴会を催したことがあり、同町で配給物資の配給を受け選挙権を持ち町民税を納めていた事実があつても、同町に住所を有するものと認めなければならないものではない。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57164
武富士事件~海外財産の贈与と住所の認定~
住所が争点で、2000億円が動いた裁判もあります。
「住所」が「国内」か「香港」かが争点で、国が数百億円の利子に相当する還付加算金を含めた2000億円弱を、武富士の創業者の長男へ返還することとなった裁判です。
(前提)1999年当時の相続税法
海外居住者への海外財産の贈与は非課税扱い
武富士の武井保雄元会長(故人)夫妻が、香港に居住する長男の武井俊樹元専務へ、海外の財産である外国法人の株式(1653億円分)を贈与。
武富士の創業者の長男は、香港に居住し、業務も香港で行っているようにも考えられるが、それは租税回避目的に過ぎないとして、贈与税額が1157億円、追徴課税をあわせて1330億円を国税局が請求。
長男は、一旦支払うも、税金は払う必要が無いと、処分の取り消しを求めて訴訟を起こします。
(1)東京地裁
租税回避を目的に香港に滞在していたとは認めがたく、香港を「生活の本拠」と認め、追徴課税全額を取り消しました。
(2)東京高裁
以下のように、元専務が香港に住んでいたのは、「租税回避目的であり、そのの認識もあった」、「外国を生活の本拠にしようとする意思が強くなかった」ことなどの主観的な要素も考慮して、「住所」は「国内」と判断し、課税処分を適法なものとする判決を下しました。
・元専務は、租税回避目的で香港に出国し、滞在日数の調整も行った。
・生活の本拠は、日本と指摘。
・滞在日数を形式的に比較し、判断すべきでないと指摘。
・日本は、武富士の役員として、職業上、一番重要な拠点。
・元専務は、月に1度は日本に帰国し、都内の住所に、家財道具がそのままあった。
(3) 最高裁判所平成23年2月18日判決 第2小法廷(須藤正彦裁判長)
2011年2月18日、課税処分を適法とした東京高裁の二審判決を破棄し、処分を取り消しました。
元専務の逆転勝訴(個人への還付として、過去最高額の約2000億円が国から還付)が確定しました。
最高裁の考え方
・「住所」の有無は、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより判断すべき。
・主観的に租税回避目的があり、租税回避目的のために滞在日数を調整していたとしても客観的な生活実体が失われるわけではない。
・元専務の香港での滞在期間(滞在日数などを調整したことは香港に生活の本拠があったことを否定する理由にはならない)、香港での住民登録の届け出の事実、香港での業務への関わり(元専務は香港で武富士や現地法人の業務に従事し、実体がなかったとはうかがわれない)等から、客観的な生活実体は外国の滞在先に存在する。
以上から「住所」は香港にあったと判断し、課税処分を違法なものと結論付けました。
参考リンク
https://www.tama-100.or.jp/cmsfiles/contents/0000000/515/jusyonitsuite.pdf
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/backnumber/journal/28/pdf/03.pdf
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/backnumber/journal/25/pdf/01.pdf
https://profession-net.com/professionjournal/files/2013/10/fukayomi8-1.pdf
https://www.pwc.com/jp/ja/legal/news/assets/legal-20200330-jp.pdf
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